越の修武録 令和編

上地流空手道宗家直系春日山修武館 令和元年からの活動記録です。

追悼

私の知る長岡の人は、曖昧なところが無い。遊びでも仕事でも雑談でも。自らを律すること甚だしい。人としての美しさが備わるゆえんか。
私を導いていただいた長岡の空手家は、末期の痛みに対峙しながらも、自らを律し、力尽きる1ヶ月前まで空手指導をされていた。その痛みたるや、言語を絶するほどであったはず。
よく、よく頑張りましたね。頑張れる痛みではないはずなのに、稽古の時刻には空手着を着て、あなたを慕う弟子達のところへ、どのような気力でむかったのでしょうか。
もう、頑張らなくていいです。ゆっくり休んで治してください。
以前、生業とされていた時計店に遊びに行った時のことです。片手に杖、もう片手に腕時計を持った年配の男性が今にも前のめりに転がりそうになりながら修理の相談にいらっしゃいました。あなたは「いやー、これはいい時計ですね。直して大事に使いましょう。」と修理を引き受けられました。高級品には見えませんでしたが、いい時計ですね、と自分の時計を褒められた男性は、とてもうれしそうでした。普段の生活においても人の心を思いやることのできる人でした。
常々、空手家である前に、人としてまともであれと自身の行為をもって示しておられました。ですからあなたの門下生には子供から大人まで、如何わしい輩も、肩で風をきる輩もいません。みな健全に真面目に空手道修行に取り組む美しい人達です。新武会長岡支部の門弟達は、きっとあなたの人柄を伝える空手道を後世に伝えていってくれることでしょう。
葬儀の際、喪主を務められた御兄弟が、咽び言葉が詰まっていました。それは悲しみからではないと思います。あなたを慕う人々が、会場に入りきらないほど多く集まったことに対する驚きと感謝の念ゆえだと思います。
泉舘先生の御生涯は、きっと豊かであったことと思います。
心よりご冥福をお祈りいたします。
今までの御教導、ありがとうございました。
平成二十三年四月二十三日
                                    上地流空手道
                                    春日山修武館
                                                                                      師範 永野栄樹